素粒子からのつづきです。
シュレーディンガー方程式で複数の粒子を扱う場合は、粒子間の相互作用を組み込んだ方程式を解くことになります。複雑で解析的に解くのは困難なので、近似を行ったり、電子計算機を用いて数値的に解くことになります。
2粒子が同種粒子の場合、位置にあるスピンの粒子1と、位置にあるスピンの粒子2の位置エネルギーを,粒子1と粒子2の相互作用によるエネルギーをとして、シュレーディンガー方程式は、
です。この解をとして、粒子1と粒子2を入れ替えた時の解はとなりますが、kを定数として、
と書けたとします。もう一度粒子1と粒子2を入れ替えると、最初の状態に戻るので、
となります。つまり、です。の場合、
となり粒子を入れ替えても関数の値は同じです。このとき、同種粒子の交換について対称である、という言い方をします。光子などのスピンが整数値をとる粒子では、粒子の交換について対称で、こうした粒子をボソン(ボーズ粒子)と言います。ボソンは、複数個の粒子が同じ状態を取ることが可能で、ボーズ・アインシュタイン統計に従います。の場合、
となり、粒子の入れ替えにより符号が変化しますが、このとき、同種粒子の交換について反対称である、という言い方をします。電子、陽子、中性子のスピンはですが、スピンが,・・・というような値をとる粒子では、粒子の交換について反対称で、こうした粒子をフェルミオン(フェルミ粒子)と言います。フェルミオンでは、粒子の交換について重ね合わせると、
となってしまい、存在確率が0になってしまいます。従って、スピンが半整数のフェルミオンでは1つの状態を複数の同種粒子が占めることはできません。これをパウリの排他原理と言います。フェルミオンは、フェルミ・ディラック統計に従います。

原子の解析を行うシュレーディンガー方程式は、素粒子のように高速で飛び回る相対論的な状況を扱うことができません。シュレーディンガー方程式の元になった、質量
mの粒子のエネルギーEと運動量pの間の関係式:に代わり、アインシュタインが導いた相対論の式:,光速c1とする単位系でにおいて、シュレーディンガー方程式を作るときに行った変換: ()を施すと、相対論を考慮した方程式として、
 ・・・@
が得られます。この方程式をクライン・ゴルドン方程式と言います。@は、相対論の要請(相対論では空間と時間を同等に扱うので、空間が2階の微分になるなら時間t についても2階の微分になる)のために、時間について2階の微分方程式で、確率密度が負になりうるという困難を抱えていました(シュレーディンガーは、シュレーディンガー方程式導出以前に@に到達していたのですが、確率解釈ができず、クーロン力の位置エネルギーを入れて解いてもボーア半径が導けないため捨ててしまったそうです)。また負のエネルギーを持つ解が可能(@の右辺をと書いてHをハミルトニアンと言いますが、のような形に書けてしまう)で、エネルギー負の解が可能なら、エネルギー正の状態から、よりエネルギーの低い負の状態にどんどん遷移してしまうではないか、という問題提起がなされました。例えば@で (粒子が静止している),つまり、とすると、
 ・・・A
これは単振動の方程式で、という解を持ちます。エネルギーの固有値は、エネルギー演算子ϕにかけて、
より固有値を持ちます。光速c1とする単位系で考えていたので、これは、質量mの粒子の静止エネルギーに正負の符号をつけたものになります。つまり@では負のエネルギーがあり得るのです。また、@では、確率密度はではなく、
で与えられ、確率密度が負になり得てしまいます。
これに対して、イギリスのディラックは、空間と時間を同等に扱いつつ方程式の時間微分を
1階にするために、言ってみれば、
 ・・・B
と因数分解するというアイデア(Aをとして解くようなものです。相対論では、ド・ブロイの関係式よりとなるので、4元運動量ベクトルの第0成分と考え、運動量をと考えます。4元運動量ベクトルの大きさは、となります)に基づいて、1928年、時間についても空間についても1階の微分で記述するディラック方程式を編み出しました。導出の過程や一般解は専門書に委ねますが、ディラック方程式は、
 ・・・C
となります。ここで、 (kは、k乗という意味の指数ではなく、添字です。)は、ガンマ行列と呼ばれる44列の行列で、先に出てきた22列のパウリ行列 (素粒子のH式)と単位行列Iを用いて、
() (022列の零行列)
とするとBのように変形できるのです(このような行列は他にもあります。上記のガンマ行列をディラック表示と言います)。ここでは、波動関数ϕは、4成分のスピノルとなります。Cは相対論的な記述をすると、
 ・・・D
となります。相対論では、 (ここではとしていますが、本来はです)です(ちなみにです)。また、は、 (上側の添字と下側の添字を一致させて和をとることを縮約と言います)のことです。専門書によっては、ガンマ行列との縮約をと書いているものがあります。この書き方でディラック方程式Dは、と簡単になります。ディラック方程式を、粒子が静止しているとして考えてみます。つまり、運動量がゼロ、Cでとすると、

これらの解は、
となります。はエネルギー正、はエネルギー負になり、ディラック方程式でもエネルギー負の解が出てきます。

電子は、パウリの排他原理に従い、同一の状態を複数の電子が占有することは禁止されているので、ディラックは、真空とはエネルギー負の状態が全て埋め尽くされている状態
(ディラックの海と呼ばれています)で、その中に生じた空孔がエネルギー負の解なのだ(負のエネルギーの電子が欠けているので正のエネルギーを持ちます)と考えました。後に、この空孔は電子の反粒子で正電荷を持つ陽電子であるとされ、1932年には、米国のアンダーソンが宇宙線の中に電子と同じ質量で逆の電荷を持つ粒子(陽電子)を発見し、ディラックの考え方(空孔理論と言います)が認められました。また、ディラック方程式を解いて得られる4つの解は、エネルギー正の電子の上向きスピン、下向きスピン、エネルギー負の電子の上向きスピン、下向きスピンを表す(空孔が反陽子なので、反陽子のエネルギーは正でスピンも逆になります。反陽子が満たす方程式はDではなく、です)と考えられています。真空の中にできたエネルギー負の空孔(陽電子)に電子が落ち込むとそれで安定になり、失われた電子のエネルギーが光子γとして飛び出してきます。これを電子・陽電子対消滅と言い、と表します。半導体で電子と正孔が結合するのに似ています。逆に光子γのエネルギーによって真空中の負エネルギーの電子がエネルギー正の状態に遷移して、真空中に空孔ができて陽電子が発生する現象を対生成と言い、と表します。

既に述べましたが、ナトリウムの
2s軌道(だけでなくアルカリ金属の最外殻s軌道)には電子1個のみが入り、他の電子の角運動量は打ち消し合うので、軌道角運動量を,スピン角運動量をとして、全角運動量は、スピンの影響のみになります。スペクトルの微細構造を観測すると、磁場をかけずにスピンの影響がないときは、磁気量子数Mの違いによる各準位間のエネルギー差は (は、軌道角運動量の方向のまわりに首振り運動する際の周波数でラーモア周波数と呼ばれます)となり、磁場をかけてスピンの影響を調べると、なので、スピンのエネルギー差は、磁場をかけないときと比較して、になりそうなのですが、実際の観測値は、となります。1921年にドイツ(後に米国に移住)のランデは、実際の観測値を理論値の倍だとして、スピンによる磁気モーメントは、軌道角運動量による磁気モーメントの倍になっていて、ほぼだと結論しました。このをランデのg因子と言います。電磁場の影響を考慮するシュレーディンガー方程式を解く際に、全角運動量をとして解けば、2倍の磁気モーメントの結果が得られます。

電磁場
(電場,磁束密度)中を速度で運動する電荷qは、ローレンツ力を受けます。これを考慮した全エネルギーH (ハミルトニアン、電磁場がないときは、運動エネルギーのみで)は、ベクトル・ポテンシャルを,スカラー・ポテンシャルをφとして()と表せます。において、とすれば、シュレーディンガー方程式が得られます。ここで、
ここで、磁束密度を一様としてz成分(一定)のみ持つとすると、は、
 (:一定,)
とおけます。などにより、実際に、
です。さらに、を無視し、
は軌道角運動量z成分です。前述のように、演算子の整数倍という固有値を持つので、一番基本的なを考えると、右辺第2項は、
となります。電子の場合は,また、をスピン角運動量とすると、の固有値はなので、ランデのg因子を付けて、
 (はボーア磁子です)
となります。

電磁場中のディラック方程式D:では、上記のハミルトニアンと同様に、
4元ベクトル・ポテンシャルをとして、という置き換えを行います。 ()を分け、φを用いて書くと、Dは、
 ()
ここで、とすると,つまり、となるので、
とすると、※は、
をかけて、
()
を利用すると、※は、
ここで、とおき、スピノールの上2成分と、下2成分を分けて書くと、で割って、
 ・・・E
 ・・・F
非相対論的極限では、Fのを無視し、
これをEに代入すると、

 ・・・G
右辺は、素粒子I式を用いると、

ここで、と見ると(微分演算子が入っているのでとならないので注意してください)
 ()
 ()
となるので、
これよりGは、
 ・・・H
右辺カッコ内第2項は、1としているを明示的に入れて書くと、となり、これは先に考察した電磁場中のスピンのエネルギーです。H式右辺は、スピンの効果を加えたシュレーディンガー方程式のハミルトニアンに一致します(ということは、ディラック方程式は、スピンのフェルミオンに対応する方程式ということです)。また、ランデのg因子がであることが必然的に言えます(つまり、軌道角運動量とスピン角運動量が同じ値であるとき、スピンによる磁気モーメントが軌道角運動量による磁気モーメントの2倍になる、というのは相対論的効果、ということです)。ところが、実験結果では、実測値がと正確に求められていて(物理の測定では最も精度の高い実測値だそうです)、微妙に2からずれます。
 ・・・I
を電子の異常磁気モーメントと言います。

クライン・ゴルドンの方程式@でとすると電磁波の波動方程式、

になります。つまり、電磁波を伝える光子は質量0の粒子であることを意味します。ディラック方程式でとしたものをワイル方程式と言います。このときは、波動関数2成分スピノルになります。では電子を扱うことができず、長らく忘れられていましたが、この方程式ではパリティー(空間対称性、空間反転で不変のとき1,反転するとき)が保存されず、後述しますが、1957年に弱い相互作用におけるパリティー非保存が実験的に確認されて見直されました。それ以降、弱い相互作用にしか関係しないという性質を有するニュートリノを記述する方程式と考えられてきたのですが、最近、ニュートリノには小さいながらも質量があることがわかってきて、理論の見直しが必要になっています。

ディラックの空孔理論で、電子・陽電子対生成のためには、真空中を伝わる電磁波の光子が
(m:電子の質量)以上のエネルギーを持っている必要があります。電子と陽電子が各々という静止エネルギーを持つからです。光子のエネルギーが不足すると、仮に電子が発生してもすぐに負のエネルギーの空孔に戻ってしまいます。仮に光子(でなくてもクォークを結合させているグルーオンのような粒子でもよいのですが)を遙かに超えるエネルギーを持って真空中に入ってくると、数多くの電子・陽電子対を生成し、言ってみれば、真空が誘電体のような働きをします。これを真空偏極と言います。電子が真空中に存在するとき、電子の周囲が誘電体のように働き、電子の回りに電気双極子を発生させて電場を作り、電子による真の電場を遮蔽します(真空遮蔽と言います)
詳しいことは省略しますが、電子・陽電子対生成における散乱振幅の計算をしようとすると、

 (は結合定数) ・・・J
という形の積分が出てきて、このままでは積分が発散してしまいます。朝永振一郎、米国のシュウィンガー、ファインマンは、この中で、が発散しないように、これを一旦、
とおいて、Jの中に出てくるという項を実測の結合定数の2乗であるで置き換えて無限大を回避することを考えました。この計算技巧をくり込みと言います。
1947年に米国のラムとクッシュは、水素原子について、ディラック方程式を解くと縮退していて同じエネルギーを持つはずの、2s軌道のスピンの状態と、2p軌道のスピンの状態が、実際には2s軌道の方がほんの僅かにエネルギーが高くなること(ラムシフトと呼ばれています)をマイクロ波磁気共鳴により発見しました。同年、朝永らは、この現象をくり込み技法を用いて説明することに成功し、以後、くり込み技法を出発点として量子電磁力学が構築されることになりました。くり込みは、電子を点と考えると無限大になってしまうのを、真空遮蔽の効果を組み入れた実際の観測結果を用いて無限大を回避することに相当します。近似技法のように見えるのですが、くり込みによって得られた量子電磁力学の理論が、素粒子の実験結果と矛盾のない説明を与えます。これ以後、様々な素粒子の理論が考案されていますが、成功している理論の多くは「くり込み」を前提としていて、標準理論と言われます。標準理論に基づく素粒子のモデルを標準模型と言います。

上記I式で電子の異常磁気モーメントについて書きましたが、
1917年にドイツのゾンマーフェルトにより導入された微細構造定数、
を用いて、
と表されることを、1948年、米国のシュウィンガーが量子電磁力学を用いて導きました。それ以来、量子電磁力学に基づく計算を、スーパーコンピューターを用いて精度を上げる試みがなされていますが、現時点で異常磁気モーメントの実測値と計算値とは10桁以上の精度で一致しているそうです。これが「くり込み」による計算操作、結局、標準理論への信頼につながっています。
電子だけでなく、核子についても、陽子の質量をとして、計算上の陽子
(核子)の磁気モーメントはとなるのですが、陽子の磁気モーメントの実測値との比は、
となり大きくずれます。電荷を持たず、本来ゼロであるべき中性子の磁気モーメントの実測値との比は、
となり、電荷を持たない中性子が磁気モーメントを持つ、という不思議な結果となります。これらも、陽子、中性子の異常磁気モーメントと呼ばれます。陽子、中性子の異常磁気モーメントは、陽子、中性子が電荷を有する内部構造を持つことを窺わせます。

原子核内で、電荷を持たない中性子にはクーロン力は働きません。また、水素原子以外の原子核内には正電荷を持つ陽子が複数個あります。陽子間にはクーロン斥力が働くはずなのに、原子核内で複数の陽子、中性子がまとまっているので、核子間にクーロン斥力に打ち勝つような強い力が働いているはずです。この力は
核力と呼ばれ、以下の距離では強い斥力、を越えて以下の距離では強い引力に変わり、くらいでクーロン力と同程度、それを越えると核力はほとんど働かずにクーロン力のみになります。核力は、クーロン力とは無関係に働く極めて到達距離の短い力です。湯川秀樹は、光子が電磁波を伝えて電磁力を媒介するように、何らかの粒子が核力を媒介する、と考え、この粒子を中間子と呼び、1935年、中間子論を発表しました。中間子の質量をmとすると中間子は静止エネルギーを持ちます、ハイゼンベルクの不確定性原理により、中間子の寿命を、として見積もり、中間子がの間に高々(核子のサイズ)移動するとして、,これより中間子の質量を、
 (電子の質量の約200)
と予想しました。1937年にアンダーソンがμ粒子()を宇宙線の中に発見し、質量が電子の200倍だったのですが、μ粒子は核子と相互作用せず物質を透過してしまうため、湯川の中間子ではないと結論されました。μ粒子は、その透過性を利用して、火山やピラミッドの内部構造の調査に使われています。最近では、事故を起こした福島原発の炉心状況の調査にも使われました。
湯川の中間子は地表付近では、空気中の核子と相互作用してしまうため、中間子を含む宇宙線を観測できるように、上空高く上げた気球に写真乾板を乗せて、中間子の痕跡を探します。顕微鏡で写真乾板を観察することにより、
1947年イギリスのパウエルが湯川の中間子を発見しました。このとき発見されたのは電荷を有するπ粒子で、質量は(電子の約300)、寿命はで、各々、
のように崩壊します。μ粒子は、質量,寿命で、
のように崩壊します。この崩壊はβ崩壊と同様に弱い相互作用によるもので、パリティーが保存されません(後述します)
1948年には電荷を持たないも発見され、質量は,寿命はで、2個の光子に崩壊します。なお、π粒子はスピン0で、空間反転に対して符号を変えます。

重水素原子核での陽子、中性子の結合はあまり強くなく
(結合エネルギーが小さい)、中性子2個ではなぜか結合しません。陽子2個、中性子2個のヘリウム原子核では結合は強くなります。核力による結合を強い相互作用と言い、これに関与する粒子をハドロンと言いますが、核子同士の結合についてはクォークによる説明を待つことになります。陽子と中性子は核子として質量と電荷の違い以外はよく似ているので、陽子と中性子を同種粒子の異なる状態と考え、仮想的な荷電空間を想定してアイソスピンと呼ばれる角運動量を考えます。角運動量のz成分を考えたのと同様に、アイソスピンの第3成分を考え、陽子では,中性子ではとします。π中間子のアイソスピンは1で、ではではではとします。陽子と中性子は微妙に質量が異なるのでアイソスピンの対称性は近似的対称性と言われます。ハドロンの相互作用では、アイソスピンが近似的に保存されます。
素粒子(その3)につづく。


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