東京大学2022年前期物理入試問題
[1] 以下のような仮想的な不安定原子核Xを考える。Xの質量は
,電気量は正の値
である。Xの半減期はTで、図1-1に示すように自発的に二つの原子核AとBに分裂する。Aの質量はm,Bの質量は
である。分裂の際の質量欠損は
であるが、これはmと比べて十分小さいので、Xの質量はAとBの質量の和で近似されている。分裂後の電気量はAもBも共にqである。これらの原子核の運動について考えよう。
ただし、原子核は真空中を運動しており、重力は無視できる。原子核の速さは真空中の光速cに比べて十分遅い。原子核は質点として扱い、量子的な波動性は無視できる。個々の原子核は以下の問題文で与えられる電場や磁場による力だけを受け、他の原子核が作る電場や電流に伴う力は無視できる。加速度運動に伴う電磁波放射も無視できる。
T 多数の原子核Xを作り、それらが分裂する前に、特定の運動エネルギーをもつものだけを集めることを考える。図1-2のように、座標原点にある標的素材に中性子ビームを照射し、核反応を起こすことで、多数のXが作られる。これらのXは
の領域に様々な速さで、様々な方向に飛び出す。
の領域に紙面に垂直に裏から表の向きに磁束密度Bの一様な磁場をかける。x軸に沿って紙面に垂直な壁を設け、x軸上に原点から距離aだけ離れた位置に小窓を開ける。壁に衝突することなく、壁面に垂直に小窓を通過する原子核だけを集める。以下の設問に答えよ。ただし、標的素材や小窓の大きさは長さaと比べて十分小さい。
(1) 小窓から集められる個々のXの運動エネルギーをm,q,B,aを用いて表せ。
(2) Xが分裂する前に、なるべく効率よくXを集めたい。原点で生成され、小窓を通る軌道に入ったXのうち、分裂前に小窓を通過する割合がf 以上になるために必要な磁束密度Bの下限値をf,m,q,a,Tの中から必要なものを用いて表せ。ここで収集されたXは十分多数で、
とする。
U 次に、図1-3に示す実験を考える。原子核Xを座標原点に、初速0で次々と注入する。ここでは
の領域だけに、x軸正の向きの一様な電場Eがかけられており、Xはx軸に沿って加速していく。
には検出器があり、原子核の運動エネルギーと電気量、質量を測ることができる。電場Eは、
となるように調整されている。ここで
は、設問T(3)におけるAの速さ(図1-1参照)であり、定数である。Xの一部は検出器に入る前に様々な地点で分裂し、AとBを放つ。原子核の運動する面をxy平面にとり、以下では紙面垂直方向の速度は0とする。分裂時のXと同じ速さでx軸に沿って運動する観測者の系をX静止系と呼ぶ。X静止系では、分裂直後にAは速さ
で全ての方向に等しい確率で飛び出す。X静止系での分裂直後のAの速度ベクトルが、x軸となす角度を
とする。このとき、分裂直後のX静止系でのAのx方向の速度は
と表せる。以下の設問に答えよ。
(1) 図1-3にあるように、Xの分裂で生じたAの中には、一度検出器から遠ざかる方向に飛んだ後、転回して検出器に入るものがある。このような軌道を転回軌道と呼ぶ。Aが転回軌道をたどった上で、検出器に入射する条件を求めよう。以下の文の
から
に入る式を答えよ。以下の文中で指定された文字に加え、L,
の中から必要なものを用いよ。 分裂時のXの検出器に対する速さを
と表すと、分裂地点
の関数として
と書ける。また、注入されてから
まで移動する時間は、
の代わりにαを用いて、
と表せる。
転回軌道に入るためには、Aの初速度のx成分は負である必要があるので、
に対して、αで表せる条件、
が得られる。この条件から、そもそも
では転回軌道が実現しないことがわかる。Aが後方に飛んだ場合、
の領域に入ると、検出器に到達することはない。これを避けるための条件は、αを用いて
と表せる。
のときには、Aは
によらず
の領域に入ることはない。
(2) 検出器に入ったAのうち、検出器のx軸上の点で検出されたものだけに着目する。測定される運動エネルギーの取りうる範囲をm,
を用いて表せ。
(3) Xの注入を繰り返し、十分多数のAが検出された。検出されたAのうち、運動エネルギーが
よりも小さい原子核の数の割合は、Xの半減期Tが
と比べてはるかに短い場合と、逆にはるかに長い場合で、どちらが多くなると期待されるか、理由と共に答えよ。
[解答へ]
[2] 質量を精密に測定する装置について考えよう。
T 図2-1のように、滑らかに回転する軽い滑車に、半径r,質量Mの円盤が、質量の無視できる糸と吊り具で水平につり下げられている。円盤の側面には導線が水平方向にN回巻かれている。導線の巻き方向は、上から見たときに端子
を始点として時計回りである。滑車の反対側には質量Mのおもりがつり下げられている。円盤の厚さは十分に小さいものとする。円盤の上下には図2-2のように、二つの円形の永久磁石をN極同士が向かい合うように壁に固定する。鉛直方向下向きにz軸をとり、二つの磁石の中間点を
とする。円盤は、はじめ
に固定されており、水平を保ちながらz方向にのみ運動する。円盤が動く範囲では、図2-3のように円盤の半径方向を向いた放射状の磁場が永久磁石により作られ、導線の位置での磁束密度の大きさは一定の値
である。この磁場は円盤に巻かれた導線のみに作用するものとする。
この装置は真空中に置かれている。重力加速度は
,真空中の光速はcとする。円盤が動く速さはcよりも十分に小さい。糸の伸縮はない。導線の質量、太さ、抵抗、自己インダクタンスは無視する。また、円盤に巻かれていない部分の導線は、円盤の運動に影響しない。以下の設問に答えよ。
図2-4のように、円盤の位置を精密に測定し電気信号に変換するため、この装置にはレーザー干渉計が組み込まれている。レーザー光源を出た周波数f の光は、ハーフミラーで一部が反射し、一部は透過する。ハーフミラーで反射した光は円盤に取り付けた鏡
で反射し、ハーフミラーを透過した光は壁に固定された鏡
で反射する。
,
で反射した光は、ハーフミラーで重ね合わされ光検出器に向かう。光の経路は真空中にある。このとき、円盤の位置zが変化すると、検出される光の強さが干渉により変化する。光検出器からは、検出した光の強さに比例した電圧
が出力される。この電圧は、
とkを正の定数として
と表すことができる。鏡
の質量は無視できる。
(2) f とcを用いてkを表せ。
図2-4の回路に含まれる可変電源は、光検出器の出力電圧を入力すると、正の増幅率をAとして
なる電圧を出力する。抵抗値Rの抵抗に生じる電圧降下を、内部抵抗の十分大きな電圧計によって測定する。
いま、円盤の位置を
に戻し、静止させた。スイッチを閉じると円盤は静止を続けた。次に、円盤の上に質量mの物体を静かに置くと、物体と円盤は一体となって鉛直下向きに運動を始めた。
(3) 円盤をつり下げている糸の張力をT,物体の速度をvとする。一体となって運動する物体と円盤にはたらく力の合力を、k,m,M,T,A,r,N,
,
,R,
,v,zのうち必要なものを用いて表せ。 Aが十分大きな値であったため、物体と円盤は一体のまま非常に小さな振幅で上下に運動し、時間とともにその振幅は減衰した。時間が経過してほぼ静止したと見なせるときの円盤の位置を
,電圧計の測定値の絶対値を
とする。
(4)
と
をk,m,A,r,N,
,
,R,
のうち必要なものを用いて表せ。ただし、
が十分に小さいため、近似式
を用いてもよい。
U 質量mの測定に用いた抵抗の抵抗値Rを精密に決めることを考えよう。
金属や半導体に電流を流し、その電流の向きと垂直に磁場をかけると、ホール効果によって電流と磁場に垂直な方向に電位差が生じる。このような電子部品をホール素子と呼ぶ。ホール効果のうち、量子ホール効果という特殊な場合には、生じた電位差と電流の比
の値は厳密に決まっており、抵抗値の基準となる。

を基準として未知の抵抗値Rを測定するため、図2-5に示す回路を用いる。ホール素子には、紙面に垂直で裏から表に向かう磁場がかけられており、
から
の向きに電流を流すと、
を基準とした
の電位は
となる。
を基準とした
の電位Vを内部抵抗の十分大きな電圧計で測定し、正の大きな増幅率Aをもつ可変電源に入力する。可変電源は電圧
を出力し、抵抗値
の抵抗に接続されている。ホール素子は、
と
の間に有限の抵抗値をもつ。
ソレノイド1,2,3は比透磁率1の一つの円筒に巻かれており、単位長さ当たりの巻数はそれぞれ
,
,
である。ソレノイド2と3は同じ向きに、ソレノイド1はそれらとは逆向きに巻かれている。電源1,電源2,可変電源から流れる電流をそれぞれ
,
,
とし、それぞれがソレノイド1,2,3に流れている。
と
は電源に内蔵された電流計で測定している。ソレノイドの導線の抵抗は無視できる。以下の設問に答えよ。
(1)
を基準とした
の電位Vとソレノイド内部の磁場Hの大きさを、
,
,
,
,
,
,R,
のうち必要なものを用いてそれぞれ表せ。
(2) 以下の記述について、
と
にあてはまる式を、
,
,
,
,
,R,
のうち必要なものを用いて表せ。 磁気センサーでソレノイド内部の磁場Hを測定し、
となるように電源1の電圧により
を調整した。このとき、
と表すことができる。増幅率Aが大きいので、近似式
が得られる。 ソレノイドの巻数をうまく選ぶことで、電流の測定誤差に比べて抵抗値Rの測定誤差を相対的に小さくすることができる。量子ホール効果での
は、物理定数であるプランク定数h,電気素量eと自然数pを用いて
と表せる。ここでは、
,
の素子を用いる。いま、測定したい抵抗値Rは
程度であることが測定前にわかっている。測定誤差を小さくするために、
が
と近い値となり、
が小さくなるように巻数の比を選び、
:
:
= 1290:10:129とした。
(3) 電流
と
の測定値と真の値、および抵抗値Rの真の値を表2-1に示す。電流の相対誤差は10%程度である。
,
の測定値と設問U(2)で得た近似式から、抵抗値Rの測定値を有効数字3桁で求めよ。また、この抵抗測定の相対誤差は何%か、有効数字1桁で答えよ。
[解答へ]
[3] ゴムひもを伸ばすと、元の長さに戻ろうとする復元力がはたらく。一方でゴム膜を伸ばして広げると、その面積を小さくしようとする力がはたらく。この力を膜張力と呼ぶ。十分に小さい面積
だけゴム膜を広げるのに必要な仕事
は
で与えられる。ここでσは[力/長さ]の次元を持ち、膜張力の大きさを特徴づける正の係数である。ゴム膜でできた風船を膨らませると、膜張力により風船の内圧は外気圧よりも高くなる。外気圧は
で常に一定とする。重力を無視し、風船は常に球形を保ち破裂しないものとして、以下の設問に答えよ。
T 図3-1のように半径rの風船とシリンダーが接続されている。シリンダーには滑らかに動くピストンがついており、はじめピストンはストッパーの位置で静止している。風船とシリンダー内は液体で満たされており、液体の圧力pは一様で、液体の体積は一定とする。ゴム膜の厚みを無視し、係数σは一定とする。
(1) ピストンをゆっくり動かし風船を膨らませたところ、図3-1のように半径が長さ
だけ大きくなった。ピストンを動かすのに要した仕事を
,p,r,
を用いて表せ。ただし、
は十分小さく、
の二次以上の項は無視してよい。
(2) 設問T(1)で風船を膨らませたときに、風船の表面積を大きくするのに要した仕事をr,
,σを用いて表せ。ただし、
は十分小さく、
の二次以上の項は無視してよい。
(3) pを
,r,σを用いて表せ。ただし、ピストンを介してなされる仕事は、全ての風船の表面積を大きくするのに要する仕事に変換されるものとする。
U 図3-2のように、小さな弁がついた細い管の両端に係数σの風船がついており、中には同じ温度の理想気体がが封入され、気体の温度は常に一定に保たれている。最初、弁は閉じており、風船の半径はそれぞれ
,
である。管内と弁の体積、ゴム膜の厚みを無視し、係数σは一定とする。また、風船がしぼみきった場合、風船の半径は無視できるほど小さくなるものとする。
(1)
の場合に弁を開いて起こる変化について、空欄
と
に入る最も適切な語句を選択肢@〜Cから選べ。また、下線部についての理由を簡潔に答えよ。 弁を開くと気体は管を通り、半径の
風船からもう一方の風船に移る。十分時間が経った後の風船は、片方が半径
で、
。
@ 大きい A 小さい
B 他方も半径
になる C 他方はしぼみきっている
V 実際の風船では、膜張力の大きさを特徴づける係数σは一定ではなく、半径rの関数として変化する。以下の設問では、風船の係数σは関係式
(
)に従うと仮定する。ここでaと
は正の定数であり、温度によって変化しないものとする。風船の半径は常に
より大きいものとする。
(1) 図3-3のように、理想気体が封入され、風船の半径がどちらも
の場合を考える。弁を開いて片方の風船を手でわずかにしぼませた後、手を放したところ、風船の大きさは変化し、半径が異なる二つの風船となった。
が満たすべき条件を求めよ。ただし、気体の温度は一定に保たれているとする。
(2) 設問V(1)で十分時間が経った後、弁を開いたまま、二つの風船内の気体の温度をゆっくりわずかに上げた。風船の内圧は高くなったか、低くなったか、理由と共に答えよ。必要ならば、図を用いてよい。
(3) 設問V(2)で十分時間が経った後、今度は風船内の気体の温度をゆっくりと下げた。二つの風船の半径を温度の関数として図示するとき、最も適切なものを図3-4の@〜Eから一つ選べ。 [解答へ]
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